茂木健一郎さんの連続ツイートから2011年11月1日:武士数学者の趣味

茂木健一郎さんの連続ツイートから2011年11月1日

茂木健一郎さんの連続ツイートから2011年11月1日

ときどきブログに引用しています

今回の連続ツイートは「壁はとっくにもうなくなっているのに、壁があるとまだ思い込んでいるぼくたち」です。

以下、引用

僕が小学校の頃、大人たちは、「大学に行く」ということが、すなわち「学問をすること」だとよく言っていた。だから、ぼくも、なんとはなしに、学問をするためには、大学に行かなければならないのだと思っていた。

僕が小学校の頃、「本を書く」人は、すごく偉いのだと思っていた。「本を書く」ということと、「本を書かない」ということの間には、大きな壁があるのだと思っていた。その「壁」の向こうにいつか行くことがあるとは、思っていなかった。

気が付いてみると、ぼくたちは、壁が消えた世界の中に生きている。勉強をしようと思ったら、とくに自然科学系は、膨大な情報がネットの上に存在している。大学図書館に行く必要などない。ワンクリックで、最先端の論文が、無料で読める。そんな時代になった。

スティーヴ・ジョブズの伝記で印象的な一節は、彼がリード・カレッジを中退したあとも、別に大学にかかわらなかったわけではなくて、スタンフォード大学の授業にもぐっていたことである。現代は一歩進んで、大学の授業に、ネットでもぐることができる。

僕が、今の時代に小学生だったらと、想像してみる。好奇心にかられて、おっちょこちょいの僕は、きっと、「チャレンジ」などと叫びながら、MITとかハーバードの授業にネットで潜り込んでいるんじゃないかな。その時に、「大学に行け」と大人が言ったら、どんなことを考えるだろう。

表現する方だってそうだ。商業出版したからと言って、多くの人に読まれたり、10年後に残っているとは限らない。むしろ、ある日突然、オスカーワイルドのDe Profundisのような文章をネット上に公開してしまって、それが静かで深い波紋を呼んでいく。そんなことを想像する。

学ぶ方だって、表現する方だって、本当は壁などもうないのだ。それでもなお、壁があると思っている人たちがいる。壁があると思わせたい人たちがいる。壁があると思わせていた方が、儲かったり、自分たちに都合がいい、という人たちがいる。

「壁」の幻想は、この後も存在し続けるだろう。でも、本当は「壁」などない。壁を乗りこえてメンバーの限られたクラブに入ろうと画策する人よりも、壁がないことに気付いて、ただ単に実質にだけ、 全身全霊を注ぐ人が輝く、そんなフェアな時代が「今、ここ」にある。

僕が今小学生だったら、そんな時代の空気を吸って、酔っぱらったようにウェブの上をさ迷っているんじゃないかな。「壁」のなくなった、広大な世界の中で。そして、そんな「壁なしネイティヴ」たちが、これからの時代を明るくしてくれるとぼくは信じるし、一緒にさ迷いたい。



以上、引用

心と脳に効く名言 言葉と測りあうために [単行本(ソフトカバー)] / 茂木 健一郎 (著); PHP研究所 (刊)


「壁」って何だろう?

ふと思った。

それは、しがらみであったり、コネであったり、レールであったりするのかな。

私は、壁を感じずに生きてきたつもりだ。

しかし、いつのまにか壁の中にいる。なんでだろう?

人間関係でも、他のことについてもすべてあてはまる。

壁の中にいる人間は退屈だと感じる。でも引きづり込まれる。

出ようとすると圧力がかかる。『お前はもう何もできない、させない』

『壁』ってなんだろう?

解決できない。

私は今、数学が好きで行っている。

現実にはそれでは生きていけないが、それでも続けている。

それは純粋な気持ちだ。

でも、そのような気持ちにふたをする人間がいる。

研究したいと言えば、何か裏があると思われる。

それは、私が特定の分野の研究・研究室に属していないからだ。

そして研究をするためには、殻の中に入らなければならないと感じるようになる。

これが『壁』なのかな?

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